カラザース・ギター・オーナーへの道
〜私のL.A.お買い物レポート〜



 これは、私がジョン・カラザース氏の存在を知ってから、彼にギターを創ってもらうまでの手記です。何物にも代え難い満足感のある買い物だったので記録に残そうと思いました。
カラザース・ギターに興味がある人、これから彼の創造した楽器を手に入れようと思ってる方々の参考に・・・おそらくならないと思います。

 「私はその人の記憶を呼び起こすごとに、すぐ『先生』と云いたくなる。これは世間をはばかる遠慮というよりも、その方が私に取って自然だからである。」
 夏目漱石「こころ」より

<ビルダー選び>
 今から数年前、予てから私は中古市場でギターを探していましたが、なかなか自分好みのギターに出会うことはなく、カスタムメイドのギターをオーダーしようと決意しました。
楽器店や知人に相談したり、インターネットや雑誌で昨今話題になっているハイエンドなギターメーカーやマスタービルダーを調べ、直接メールやFAXで私の意向を打診してみました。
どうせオーダーするのであれば、徹底的に希望を反映してくれるビルダーを探したいという欲が出てきて、いろいろ条件を書き立てたとところ、ほとんどのメーカーやビルダーから「君の要望には答えられない」と断られてしまいます。
注文のうるさい日本人としてビルダーの間で噂になってしまったかは定かではありませんが、しばらくしてカラザース・ギターを取り扱うという日本の代理店より1本の電話を受け取ります。確かインターネットのサイトに掲載されていたバジー・フェイトンのインタビューでその存在を知った「ジョン・カラザース」先生に打診したところ、私の希望通りにカスタマイズしてくれるという嬉しい返事が返ってきた瞬間でした。

<打ち合わせ>
 2001年の秋、私は旅行がてらL.A.に在る先生の工房を訪ねてみることにしました。
L.A.に着くとすぐにハイウェイで北に車を飛ばし、L.A.を拠点とする全米屈指のスタジオ・ミュージシャンが多く住む「シャーマン・オークス」という街に宿を取ります。軒を列ねるライブ・クラブの近くに滞在し、毎日夜半まで繰り広げられる一流ミュージシャンの演奏に身を浸すためです。

 アポイントの日がやってきました。
サンタモニカより2マイルほど南に下ると、「ベニス」という美しい海沿いの街が開けます。と、片岡義男風に浸っているのも束の間、意外にも目立たない住宅街で「カラザース」の表札を見つけ、私はその門を叩きました。
すると学校の先生のような人柄のジョン・カラザース氏、その人が出てきました。先生は雑誌やインターネットの写真で見るよりも優しい風貌の持ち主でした。ショールームでは数々の名演を奏でたギターやミュージシャンに関わった経緯を聞き、資料を見ることができます。
そして、先生は奥に在る未来の音楽史を彩るであろう楽器を産み出す工房内に私を案内してくれました。

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 先生は特にお喋りな方ではなく、どちらかというと物静かな人という印象が強いですが、ひとたび会話が得意分野に突入すると舌が滑らかになるようです。
しかし決しておごったり、自ら武勇伝を長々と話すタイプの人間ではなく、あくまでも質問したことに対しては丁寧に答えてくれる、という感じです。
先生のオフィスを訪れば、多くの有名ギタリストが列を成す所以が直ぐに解るでしょう。
私は再び先生に希望を伝えると、図らずも先生は自分のアドバイスを交えながら時間をかけて私にサジェスチョンしてくれました。

<発注>
 こうして少しずつ「理想」と「現実」の隙間を詰めて行く作業を進めていき、具体的なスペックは帰国した後にフルムーン・ギターズの銀氏と相談しながらオーダーシートに書き込んでいきました。私の要望の細かさ、優柔不断さ加減ゆえ、最終的にフィックスしたのはFAXでの打診から既に3ヶ月余りが経過していた時でした。
その間、私は先生が如何に楽器業界に影響を与えたか、その貢献した数々のエピソードを知ります。多くの一流ミュージシャンの楽器を製作、メンテナンスする傍ら、学校の講師や音楽雑誌の執筆活動にも携わる、まさに多忙を極める先生より完成の連絡を受けるまでは少し時間がかかりましたが、「その日」は突然やってきました。

<完成>
 私は「早く自分のギターに逢いたい」という逸る気持ちを押さえて、シッピングを止めてもらいました。再び自らL.A.へと足を運び、ギターを迎えに行くというプランを思いついたからです。有り難くも先生はそんな私の我がままを受け入れてくれました。
日程の調整がつかず、完成してからも少し時間が経過してしまいましたが、2003年2月、ついにギターと対面する日がやってきました。
打ち合わせの時と同じように「シャーマン・オークス」に滞在し、ライブ・クラブをハシゴしながらその日を待つこと数日間、再び工房の門をくぐることになります。

<対面>
 作業場の前に位置するショールームに足を踏み入れると、その空気で忙しい様子はすぐに把握できました。壁にディスプレイされた沢山のギターの中から、私がオーダーしたであろう1本を見つけるまでにそう時間はかかりませんでした。
スタッフ総出でギターやベースの調整、製作に取りかかっており、木材を削る旋盤の音、ひっきりなしに鳴る電話のベルの音が耳に飛び込んできます。
しかし奥から出てきた先生とそのスタッフ達は私を快く出迎え、歓迎してくれたのです。ここにリー・リトナーやバジー・フェイトンといった著名なミュージシャン達の楽器と並び、自分専用のラインが設けてあったのだと思うと不思議な気分でした。
 私が想像していた以上にハンサムなルックスを持つそのギターを抱え、試奏室に入ります。プラグを差さずに弾いても生音が大きく、その振動はあばら骨へダイレクトに伝わってきます。スピーカーから排出されるサウンドはミッドレンジが厚く、全ての弦がバランス良く鳴ると言われる先生の創るギターの特徴をとらえ、それは私のも例外ではありませんでした。

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 先生の考案した「バジー・フェイトン・チューニング・システム」の調整方法やメンテナンスなどについて説明を受けている時、こんなハプニングがありました。
マジックで「Lee Ritenour」と書かれたギターケースを2つ、ローディと思われる女性が工房へ持って現れたのです。先生がケースを開けると、そこには見慣れたギブソンの335とL-5が鎮座していました。

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 スタッフ達に「持ってみろ」とはやし立てられ抱えてみたは良いものの、私は弦をつま弾くことはできず「落としたら大変だな。」という不安で、あまり心地良いものではありませんでした。

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 因に、先生にメンテナンスの方法について聞くと決まってこう答えます。
「時々クロスで磨いてあげてくれ。」

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 かつて靴職人として名立たるオルガ・ベルルッティが「靴を磨きなさい。そして自分を磨きなさい。」と言ったように、こうした職人達が磨くことを奨励するのは「物を大事にして愛着を持て」という想いが込められているのだと、私は勝手に解釈します。確かに工芸品のように美しいその楽器を「磨く」ことは大変重要な作業なのでしょう。

 先生は、私が日本から重い思いをして持ってきて差し出した「越乃寒梅」には目もくれず、意気揚々と再び工房内を案内してくれました。
前回訪れた時は無かった新しいネック旋盤機を自慢気に見せてくれました。そして山ほど積んである現在製作中のプロダクト、日本から発注したままおそらく納期には間に合わないであろう、出庫を待っている楽器達を気まずそうに見せてくれまし た。

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 その間も電話を取り継がれたり、スタッフからの相談を受けたりと、とても忙しそうな先生は新しい旋盤機を操作する真似をしながらじっと止まってしまいました。
しばらくそんな先生の姿を見ていると、おもむろに「早く写真を撮りなさい。」と私に言いました。

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 ギターとフライト・ケース、そしてホテルでも弾けるようにと梱包材を別々にくださった先生は外まで見送ってくれました。
「先生、早く戻った方が良いよ・・・」
私の声はエンジン音にかき消され、先生の耳元までは届きませんでした。その日は夜更けまで先生の創ったギターをかき鳴らしたことは言うまでもありません。

 忙しさのあまり大好きな釣りにも行けない先生よ、あぁ先生よ。
どうか健康には充分注意して、いつまでも素晴らしい楽器を創り続けてください。


<番外編 〜アンディ・サマーズ・インタビュー>
 先生は 「昨日アンディ・サマーズが来てナイロン弦のギターを買ったよ。」と、まるで近所の子供が駄菓子でも買いに来たかのごとく軽く言い放ちました。
その晩、タイムリーにもノース・ハリウッドの「ベイクドポテト」というライブ・クラブにアンディが出演するという情報をフリーペーパーで得たので、私は行ってみることにしました。
 クラブに入ると普段の3倍は居ると思われるオーディエンスが、アンディ率いるトリオ・ジャズ・バンドの演奏に耳を傾けていました。
ステージの休憩時間に私が居るバー・カウンターまでアンディやってきたので、先生のナイロン弦ギターについて伺ってみました。
「あれはグレートなギターだよ。」
無愛想なりにも嬉しそうに答えました。
私が「今日のステージでは弾かないんですか?」と訊ねると、彼は「今日は忘れて来てしまって出番は無いんだよ。」ということで、終始335を弾いていました。おそらく次のレコーディングには使われることでしょう。
 帰り際、私は振り向きざまアンディに「忘れたから出番が無いのではなく、アコースティックのナンバーを用意してなかったのだろう?」とは言えませんでしたが、胸の奥でこう呟きました。
「アンディ、そいつを時々クロスで磨いてやってくれ。」
ファンにもみくちゃにされるアンディの後ろ姿が、「お前もな」と言っているようでした。

※この滞在中に先生が執筆した「ギター・セットアップ/メンテナンス・ブック」を入手しました。ただ今、フルムーン・ギターズで閲覧することができます。
ここではギターの磨き方以外にも、トラスロッドやサドルの調整方法等、いろいろ記されていますので是非ご覧いただきたいと思います。
「いずれ販売用に仕入れたい。」とは銀氏談。

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Order Sheet

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